北海道の旭川と最北端の稚内を結ぶJR宗谷本線の途中に、塩狩峠という峠がある。
明治時代から交通の難所として知られているこの場所だが、現在でもこの急坂をディーゼルカーの特急列車がフルパワーで登っている。
まだ雪が降り積もる前の11月中旬。
私は、一日に何本かの普通列車で、最寄り駅の「塩狩駅」に降り立った。周囲に民家などない、静かな森の中だ。
明治時代に、実際に起こった事故をモチーフに書かれた三浦綾子の小説「塩狩峠」の舞台が、まさにここなのである。
有名なストーリーなので知っている人も多いと思うが、小説はこんなお話である。
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鉄道会社に勤める青年、永野信夫は
もともとキリスト教嫌いだったが、家族や伝道師、婚約者のふじ子などを通じて神さまと出会う。
そして、聖書の言葉を実践する、クリスチャンとしての生活を送っていた。
ある冬、北海道北部の名寄での仕事を終えて札幌に帰る途中のことだった。
列車がこの塩狩峠に差し掛かると、信夫が乗っていた客車の連結が突如外れて暴走し始めた。
ブレーキは効かない客車は、急な坂道を猛スピードで下る。乗客はパニックに陥っている。
坂の先にはカーブが見え、このまま突っ込めば大惨事は免れないことがわかった。
そして信夫は線路へ飛び降ると、客車に自らの体を轢かせた。すると、客車は止まり、乗客に犠牲者は出なかった。
信夫は列車の下敷きになって、帰らぬ人となった。その日は婚約の日だった。
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クリスチャンでない人が、
この作品について「よくわからなかった」と言っているのを聞いたことがある。
それも当然ではないかと思う。
これは、単に永野信夫というキャラクターだけの物語ではなく、イエス・キリストの物語であり、私たちの物語であるからだ。
塩狩駅から歩いてすぐのところには、
信夫のモデルとなった長野政雄さんの慰霊碑のほか、旭川市内にあった旧三浦邸を移築した「塩狩峠記念館」がある。
そこには三浦綾子が小説を書いた部屋や使っていた道具なども残されている。
その入り口には、
「一粒の麦、地に落ちて死なずば、
唯一つにて在らん、
もし死なば、多くの果を結ぶべし
(ヨハネ伝 12章24節)」と掲げられている。
これは、
小説「塩狩峠」の冒頭に引用されている聖書の言葉だ。そして、この小説のテーマでもある。
ちなみに、新改訳聖書では
「一粒の麦は、
地に落ちて死ななければ一粒のままです。
しかし、死ぬなら豊かな実を結びます」と訳されている。
イエス・キリストはその「一粒の麦」として、
本来であれば死ぬべきだった私たちの身代わりとなり十字架にかかって死んで、よみがえった。
主人公の信夫が自ら犠牲となって乗客の命を救ったのは、そんなイエスの生き方を知って、ここで実践したからだ。
それゆえ、この作品では、"お涙頂戴"的な単なる「自己犠牲の美しさ」が描かれているわけではない、ということがわかる。
冬の坂道を暴走する客車に乗っていて、なす術なく死ぬのを待つしかなかったのは誰か。ほかでもない私たちなのではないか。
私たちを救ったイエスと、その大きすぎる愛について、信夫という人物とその生き方を通じて表現したかったのだろうと思う。
もうすぐクリスマスだ。
死ぬのを待つだけだった私たちのもとに、
プレゼントとしてイエス・キリストが来られたことを改めて覚えたい。
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